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FC2ブログユーザーに30の質問に答える

2005–12–31 (Sat) 11:38
少々古いネタだが、FC2ブログユーザーに30の質問に答えてみることにした。


1.あなたのブログ名とその由来を教えてください。

どんより。
日々快晴というブログに触発されて、その反対の意味を持つ言葉にしたかった。

2.あなたのハンドルネームとその由来を教えてください。

ギトギト(ry。
2chの、名無しのお前らに名前をくれてやるスレ 2@生活板で、短めで鬱陶しいのを頼むと依頼したところ、「ギトギト」「梅雨だく」「ヲタク」の3つが答えとして返ってきた。それを繋げて「ギトギト梅雨だくヲタク」として使っていたところ、色々あって「転生・ギトギト梅雨だくヲタク」に変わった。さすがに長いので「ギトギト(ry」と省略した。

3.あなたのブログの主な内容・テーマを教えてください。

自分がブログを書いたとしたらどんな内容で書けば面白くなるだろう、というのを探るのがテーマ。なので雑多に。

4.あなたのブログのセールスポイントを教えてください。

全くもってありません。

5.あなたのブログのお薦め記事をひとつ教えてください。

Google Earthと平安京なんてどうですかね。

6.ブログを書くときのこだわりや、意識していることがあったら教えてください。

知っている人に見られても恥ずかしくない程度にする。

7.ブログを書いていて良かったことはありますか?

ないですねえ。

8.目標にしているブログはありますか?

ありません。

9.他にサイト(HP・ブログ・日記)を持っていますか?

昔はあったんですが、今はありません。

10.ブログを始めたきっかけを教えてください。

日々快晴というブログを書いている人が、普段楽しそうにしているから。

11.あなたのネット環境を教えてください(例:デスクトップ、WinXP、IE6.0、光ファイバー)。

ノート、WinXP、ADSL、ブラウザはopera8.51で画面サイズは752×541ぐらいにしている。

12.FC2ブログの良いところはどこですか?

テンプレ豊富でセンス良しで、いじりやすそう。

13.FC2ブログの改善して欲しいところはどこですか?

書き込む前のプレビューでテンプレが適用されるようにしてほしい。pdfをうpできるようにしてほしいけど、まあいいやこれは。

14.FC2ブログを知ったきっかけを教えてください。

さあ、なんだっけ。

15.FC2ブログを選んだ理由を教えてください。

ユーザー数はぐんぐん増えているのに広告などがほとんど無く、どういう経営をしているのか不思議に思って。

16.FC2ブログを使ってみて感じた印象を教えてください(例:ユーザー間の繋がりが薄い 等)。

(・∀・)イイヨイイヨー

17.テンプレートは何を使っていますか?またそれを選んだ理由も教えてください。

公式のmonotone。「どんより」というブログ名から、色が暗めでスマートなのをと。あと2カラムでメニューが右側なのが良かった。で、それをちょこっとだけ改造。ゆくゆくは自分で作りたいねえ。

18.こんなテンプレートが欲しいという希望があったら教えてください。

どんなブラウザで見ても、どんな大きさの画面で見ても、ちゃんと見えるやつ。ネタ系のビビッドさと、見やすさを両立しているやつ。

19.共有スレッドテーマを利用していますか?良く利用するテーマは何ですか?

時々。日記あたりで。

20.こんなブログカテゴリ(ジャンル)が欲しいという希望があったら教えてください。

特にありませんです。

21.ユーザーサポート(スタッフブログ・掲示板・Wiki)を利用していますか?これらは役に立っていますか?

たまに見る程度。まだ役に立ってくれと思って見たことないし…

22.FC2ブログ内で良く読むブログを教えてください。

特にないような…

23.FC2ブログ以外で良く読むブログを教えてください。

有名人系なら、
現役力士「普天王」どすこい日記
玉ノ井部屋お相撲さんブログ
上村愛子のRoad to Torino

24.ブックマーク(お気に入り、BlogPeopleなど)をするブログの条件は何ですか?

ちょっとでも気に入ればガンガンbookmarkする。けどそれをリンクするかどうかは別問題。

25.ブログ以外でブックマークしているサイトを教えてください。

やだ。メニューにリンクの欄を設けたほうがいいんですかね?

26.他のブログにコメントをしていますか?コメントをする基準は何ですか?

コメントしたいと思えばする。

27.他のブログにトラックバックを送っていますか?トラックバックをする基準は何ですか?

自分のエントリーからリンクを貼るか、引用しているかが条件。でもあまりしたことないっす。

28.アフィリエイトをしていますか?そのコツは?

していません。今後もするつもりはありません。

29.これからこのブログをどうしていきたいですか?

方向性が早く固まってくれればいいんだけど。

30.おつかれさまでした。最後に一言どうぞ。

どんなにくるしくても
おいしいものたべて
うんこしたらなおるよ!
                 ハ_ハ
               ('(゚∀゚∩ なおるよ!
                ヽ  〈
                 ヽヽ_)

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地図でみる戌年

2005–12–29 (Thu) 23:57
年賀状を書いている最中なのだが(遅すぎ!)、2006年は戌年ということで「戌」に関する地図ネタ。

mapionで「戌」を含む住所を検索すると49件がヒットする。しかしそのほとんどが小字名で、なかなか地図上では表示されていない地名だ。一方「犬」を含む住所を検索すると、たくさんありすぎるせいか、しぼり込み検索をしてくれと促される。
さて、そのわずかな地図に表示される「戌地名」を追っていたら、すぐ近所に「犬地名」のあるところがあった。つまり「戌」と「犬」がごく近い距離にいるわけだ。およそ8kmぐらいだろうか、5万分の1の地図ならギリギリはがきの大きさに収まるぐらいの距離だ。地図上でこんな近くに「戌」と「犬」が同居している場所は他に無いのではないだろうか。

このイヌの地図で2段階ほどズームインすると、おイヌさまの名前が現われます。(このリンク先の地図を作るのに4時間近くかかってしまい、年賀状を書くのが益々遅れてしまうというのは内緒)

数独

2005–12–29 (Thu) 12:16
sudoku

せっかくパズルというカテゴリーを作ったのに全然活用してなかったので、突然ですが、数独を1題。
やや難しめ。
Flashかなんかで解答アプリを作れば便利なんだろうけど、そんな技術はありませんのよ。

1月1日に一年が始まる理由

2005–12–28 (Wed) 01:24

なぜ新年は1月1日から始まるのか?



たとえば憲法記念日がなぜ5月3日なのかということなら、この日に日本国憲法が施行されたからという明確な理由がある。ではなぜ1年の始まりが1月1日なのかということになると、その理由がわからない。そのような暦を作ったからということだろうが、ではなぜそのような暦を制定したのか、その理由がわからない。
そんなわけで少し調べてみた。


古代ローマでは何種類かの暦が作られているのだが、その中で決め手になったのはユリウス・カエサルによる改暦だ。紀元前46年に古いローマ暦を廃し、翌紀元前45年からユリウス暦を採用したのだ。その際、3月25日が春分になるように日付を決めたところ、年初の1月1日も自動的に決まったということになる。
そこで疑問になるのは、なぜ3月25日という一見中途半端な日を春分になるように決めたのかということだが、それまで3月25日を春分とする通例があったからということらしい。
そこでさらに疑問になるのは、なぜそんな通例があったのかということだ。ローマ建国当初にできた暦(ロムルス暦)は春分のある3月(Martius)から12月(December)までの10ヶ月で終わっていて、その後は翌3月まで日付のない日が続いていた。紀元前713年に改訂されたヌマ暦で12月の後に二つの月(JanuariusとFeburuarius)が付け加えられた。その後も何度か改暦されて、紀元前153年の改訂で年初が1月に改められた。なぜそのように改められたかといえば、Januariusの名前の由来となった神様Janusが、物事の始めと終わりを司る神様だったからと言われている。その時点から、春分は3月にあるという通例が出来上がったものと思われる。ちなみに現在、2月だけ日数が少なく閏年の半端な日が2月にくっ付くのは、昔は2月が年末だったということの名残りなのだ。
さて、ではなぜ25日なのか。これは調べが足りなくてよく判らなかった。
改暦の際、冬至後の最初の新月の日を1月1日と決めたからたまたまそうなった。紀元前153年の改暦の際、たまたま25日に春分があたってしまった。春分の日から一週間はお祭りで、その最後の日に月が替わるようにした。などの説が見られたがどれも決め手に欠け、どれが正しいのか判断がつかなった。
ともかく、そのように3月25日=春分という図式が先にあったということだ。

ところで現在は春分の日が3月21日前後にやってくる。当時と約4日のズレはどこから来るのか。
キリスト教ではイースターの日取りを決める際、春分の日を正確に求めることが重要になる。ところがユリウス暦では閏年を4年に1回挿入して1年を365.25日として計算しているのだが、現実の1年は約365.2422日であり、約128年ごとに1日のズレが生じてくる。このため徐々に春分の日が現実とズレてくることになり、ついに西暦325年のニケア公会議で、そのときの実際の春分日である3月21日を春分日と定めてしまった。日付をきっちりと固定してしまうと、当然その後も長年の間にズレが生じることになるのだが、1582年に至ってもっと正確な暦であるグレゴリオ暦に改暦する際、今度は春分日を移動させて新たに固定するのではなく、日付のほうを削って春分日に合わせるということをやった。1582年は10月4日(木曜)の翌日が10月15日(金曜)になったのだ。これでまた春分は3月21日に戻ることになったが、それ以降は固定せず年によって21日だったり20日だったりという揺れがある。グレゴリオ暦は400年につき97回閏年を挿入して1年を365.2425日として計算するため、約3300年につき1日のズレという正確さだから、当分の間暦のズレが問題になることはないだろう。

なお、クリスマスの7日後を新年とするように決めたからという説もある。
クリスマスとは、一般にはイエス・キリストの誕生日ということになっているが、それだけでは正しくない。古代ローマではミトラ教という宗教が幅を利かせていて、その宗教の主神である太陽神ミトラは冬至の日に死に、3日後に復活するということになっていた。その間を冬至祭、復活祭として盛大に祝うことが毎年行われていた。その復活の日が12月25日なのである。後の世になってミトラ教が廃れていき、キリスト教が勢力を伸ばしてくると、そのミトラ教の復活祭の日を取り入れてイエスの誕生日としてでっちあげてしまった。実際、聖書の記述によると、イエスの誕生日は9月~10月ぐらいになるらしい。そしてイエスは12月25日とされた誕生から数えて8日目(つまり誕生日の7日後)にユダヤ教における割礼の儀式を受けており、この割礼の日を新年として定めたという説である。こうして決められた1月1日のことを「割礼年初」という。
しかしイエス生誕より以前から1月1日は決められており、この説は「後付け」と言っていいだろう。

仕事納め

2005–12–27 (Tue) 20:08
jobisover.jpg二つの意味で仕事納めなのだ。今年最後ということと、この場所では最後ということと。
普通なら年末は大掃除なんかをするんだろうけど、ここの建物はすぐに解体されるということで片付けと軽い掃除だけで、あとは荷物を倉庫まで運んだだけ。でもその荷物運びが大変。重いものばっかりで、車からの積み下ろしでもう汗だく。そのときは暑い暑いとヒーヒー言ってても、ちょっと休憩を取ると汗が冷えて寒いのなんの。「ナンノこれしきっ」と頑張ってみても、暖房器具も片付けられてしまったから心の芯まで冷える。そういえば「南野陽子 ナンノこれしきっ!」ってラジオ、昔はよく聞いてたなあ。ダダダダ大徹、ダダダダ大徹ってあれは「デーモン小暮のオールナイトニッポン」で南野陽子に言わせてたんだっけか。よく聞いてたのは間違いないんだけど、あんまり覚えてないなあ。今もダダダダ大徹ってこの番組だったよなあと検索かけて、デーモンのほうだったと知って今までえらい勘違いしてたことを思い知らされたし。
まあともかく、今年も一年お疲れさまでした。良いお年を! そちらこそ、そこそこのお年を! などと言い合って今日の仕事を終えたのでした。

夢を見た

2005–12–26 (Mon) 07:14
スキー場にあるようなリフトに乗って山の斜面を登っていたら、前の席に座っていた人が暴れだして、老朽化していたリフトが崩壊。たまたまヘルメットを被っていたから大事には至らなかったものの、大きな鉄のカタマリが頭に直撃して流血。一瞬気を失なう。
気がつくと目の前に石田芳夫が現れ、私は君を助けに来たのではない、崩壊したリフトの調査に来たのだ、などと言ってすぐに去ってしまう。再び気を失い、気がつくと病室で寝ていた。
手当てをしてもらいじっとしていると、小学生ぐらいの男の子がやって来て、集金です、などとのたまう。言われるがまま9500円を支払い、少年が持っていた集金リストを覗き見ると、リストのトップに渡部某と書いてあるのを発見。さっき来た石田芳夫似の男はこいつかと少年に問うと、そうだと答える。納得してその日は眠りについた。
翌日目を覚ますと、体はピンピンして全くもって元気そのもの。しかし頭が少々痛むのでこの日は仕事を休むことにした。散歩に出かけると街中はなにやら大きな祭の最中。林家こぶ平や円広志、伊集院光などが仮装して、御輿に乗って街を練り歩く。自分はというと、はぐれメタルを探して近くの民家に潜入。その家の人に、はぐれメタルは実はメスですと教えられる。縁側に出るとぽかぽか陽気で眠りに誘われる。

……という夢を見た。
今朝現実に起きたとき、ケガしてるから今日は休もうと本気で思ってしまった。

文化財を返してください

2005–12–26 (Mon) 01:28
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051225-00000059-kyodo-int

百年前の米発掘に返還要求 マチュピチュ遺跡でペルー


 【リマ25日共同】ペルー政府は25日までに、同国南部にあるインカ帝国時代(15-16世紀)の代表的な都市遺跡マチュピチュから、100年近く前に米国の考古学者が発掘して持ち帰ったミイラや人骨、陶器類など約5000点の文化財を返還するよう、米エール大学に文書で通告した。受け入れられなければ提訴するとしている。
 マチュピチュ遺跡はスペイン人の侵略でインカ帝国が滅びた1532年以降、存在が忘れられていたが、同大のビンガム氏が1911年に発見した。
 ペルー外務省によると、当時の政府は11-14年にビンガム氏に対し、マチュピチュで見つかった文化財を一時的に国外へ持ち出す許可を与えた。文化財はエール大に運ばれたが、返還されなかった。AP通信によると、同大の広報担当者は「双方が満足できる解決策を話し合っている」としている。
(共同通信) - 12月25日17時25分更新


こういうことがあると今度は、エジプトあたりが同じことを言い始めるんじゃないだろうかと思う。ヨーロッパ諸国の研究者が色々持って帰っているのは事実で、許可なく勝手に持って行ったのも中にはあるだろう。文化財はその国の財産であり、政治力が強いからといって、お前の物は俺の物的なジャイアニズムはあってはいけない。自分の研究さえできれば周囲のことは気にしないという偏執的な研究者もいるだろうが、ちゃんとモラルを持って研究してもらいたいものだね。
それとは少し違うが、あるところに土師器や須恵器のかけらがゴロゴロ落ちていて拾い放題な場所がある。そこから少々遺物を拝借してきたことがあるけど、個人でそんなもの持っていても何になるでもなく、部屋に片隅に追いやられて今はどこに行ったのやら…

フィギュアスケートのこと

2005–12–25 (Sun) 23:16
http://gito2.blog39.fc2.com/blog-entry-14.htmlの続き。
フィギュアスケートのトリノ五輪代表が決まった。

http://www.asahi.com/sports/update/1225/115.html

 日本スケート連盟は25日、来年2月にあるトリノ冬季五輪のフィギュアスケート代表を発表した。活躍が期待される女子は、この日終了した全日本選手権で3大会ぶりの優勝を飾った村主(すぐり)章枝(24)=avex=、同3位の荒川静香(23)=プリンスホテル=、五輪代表選考ポイント争いで首位の安藤美姫(みき)(18)=愛知・中京大中京高=の3人。荒川は98年長野以来、村主は02年ソルトレーク五輪に続いて、それぞれ2度目の出場。安藤は初の大舞台となる。


この選考方法だが、

代表選考は日本スケート連盟が定めたポイント制で行われ、昨季国際大会のベストポイントの70%を持ち点とし、今季出場した大会で最もポイントの高い2大会と、全日本選手権の獲得ポイントを加算して競われる。


となっているため、これを計算してみると、
安藤美姫村主章枝荒川静香中野友加里恩田美栄浅田真央
持ち点665700560343564501
10/20-23
(スケートアメリカ)
500(3)
10/27-30
(スケートカナダ)
300(8)(3)
11/03-06
(中国杯)
500(3)(2)
11/17-20
(フランス杯)
500(3)600(1)
11/24-27
(ロシア杯)
550(2)500(3)
12/01-04
(NHK杯)
(4)550(2)600(1)
12/16-18
(GPファイナル)
650(4)700(3)800(1)
12/23-25
(全日本選手権大会)
350(6)600(1)500(3)400(5)450(4)550(2)
合計221521502060204320142451

となって、晴れて安藤、村主、荒川の3選手が代表に決定するわけだ。(浅田真央については年齢制限があるので参考記録)
しかしながら個人的にちょっと疑問に思うのは、なぜ去年の成績を加味するのかということ。今季行われる五輪なんだから、今季の成績で比べればいいのではないかと素人考えでは思うのだ。登り調子で力を付けてきている選手よりも、実績はあるが調子を落としている選手が選ばれてしまう危険性がある。ちなみに今季の成績だけでポイントを付けるとこうなる。
中野友加里安藤美姫荒川静香村主章枝恩田美栄浅田真央
10/20-23
(スケートアメリカ)
500(3)
10/27-30
(スケートカナダ)
(3)300(8)
11/03-06
(中国杯)
500(3)(2)
11/17-20
(フランス杯)
500(3)600(1)
11/24-27
(ロシア杯)
550(2)500(3)
12/01-04
(NHK杯)
600(1)(4)550(2)
12/16-18
(GPファイナル)
700(3)650(4)800(1)
12/23-25
(全日本選手権大会)
400(5)350(6)500(3)600(1)450(4)550(2)
今年のみの合計170015501500145014501950

明らかに登り調子のゆかりタン中野選手が代表に漏れてしまったのが不憫でならない。
昨日の男子では、表彰式の後に採点ミスが発覚して順位が入れ替わるという事件もあったし、日本スケート連盟って信用できない団体だなあという気がしてきた。

ガーナ代表

雪~

2005–12–22 (Thu) 22:02
雪ひゃっほ~雪だぜ~!
この冬、雪自体は何度も降っているけど、これだけ積もったのは久しぶりだ。天と地がひっくり返って、ポールシフトが起こりかねないぐらい久しぶりだ。朝、うちを出て、積もった新雪の上をぎゅっぎゅっと音を鳴らして歩く快感はこの上ない。ボウル一杯の小麦粉に勢いよく指を突込んで、ぎゅっぎゅっと鳴る音よりも遥かに耳に心地良い。心地良さに浸ってうっかり道路の真ん中あたりに出てしまうと、薄くなった雪が踏み固められてザ・アイスバーン・ワダチになった所で足を滑らせて、一人たたらを踏んでしまい、恰好悪いことこの上ない。
雪国の人には申し訳ないけど、10cm以上積もるのは2~3年に1回程度という土地柄。「雪」と聞いただけではしゃいでしまう自分がかわいいのだ。たまには、大の字になって倒れ込んでもケガをしないくらい積もってほしいもんだが、京都の街中じゃあそんなことは無いだろうな。鞍馬か大原のほうまで行けば積もっているのかもしれないけど、大の字になって倒れるためだけに行くのも可笑しな話だ。
雪に浮かれているけど、いいことばかりではない。想像の遥か上をいくバスの運転の慎重さで、仕事には遅刻しかけた。普段20分で走るところを、まあ40~50分はかかるだろうと踏んでその分うちを早く出たのだが、なんと70分もかかったのだ。もうプッツン寸前。でもそんな嫌なことはすぐに忘れて、晩になってルンルン気分でハッスルハッスルしながらうちに帰ってきたら、昨日から洗濯物が干しっ放しだったことを思い出した。ベランダを見ると、肩の上に純白のマフラーを乗せたが如く、白く冷たい綿雪がこんもりとシャツを冷やしていた。取り込むのも面倒なので、今夜もそのまま干しておこう。ギャフン。

ちず窓、地図日記、ショック

2005–12–21 (Wed) 21:24
ブログに地図を貼りつけることのできるサービスが相次いて始まった。
ちず窓」はβ版を公開してすぐ、メンテナンスに入ってアクセスできなかったが、ようやく普通に使えるようになったようだ。
地図日記」のほうは今流行りのGoogle Mapを利用したサービスで、どちらもブログに(サイトに)地図を貼りつけるだけでなく、利用者同士が共有する地図にブログを(スポットを)貼りつけて、相互にリンクしたりしてブログでいうところのトラックバックのような利用ができる。
地図好きにはたまんないゼ、エヘヘヘと早速利用してみることにした。
ところが、どちらも自分がメインに使っているブラウザであるoperaでは利用できないようだ。これはショック。仕方なくサブブラウザのMaxthonを立ちあげてみたのだが、地図日記のほうはそれでもダメだった。ちず窓はMaxthonを使えば大丈夫のようだ。しかし利用のたびに一々別のブラウザを立ちあげるのも何だか面倒な話で、利用者登録はしたものの、余程のネタでもない限りしばらく使うことはないかな。うーん残念。
ちず窓はまだβ版だし、地図日記のほうも試験公開らしいので今後のバージョンアップに期待ということで。

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